22日〜23日に替わった夜中2時過ぎ病院から
が・・・
いよいよ来たか〜〜
ぱっと飛び起きて
を手に取りました
「お父様の様態が変わったのできていただけますか?」
「20分〜30分で着きますが間に合いますでしょうか?」
「20分もつかどうか・・・・?」
「直ぐに向います」
こんな状態でした直ぐに妹に連絡して私は一人真夜中の
に向いました
凄く遠くに感じました。
道路は
は数台走っていただけそして信号機もほとんど青で通過
なのにいつもより時間がかかった感じでした。
に着くとドアは開けてくださってありました普通は夜中は鍵が掛けてあり入ることはできない
看護師さんは迎えに来てくださっていました
部屋に行き父の顔を見ると目は動かなくもうほとんど・・・・・
モニターの数値が低くなっていたようですが私が着く少し前から
又上がってきていました。
このままでは普通ならどんどん下がってきて30分持たないと看護師は話されていました。
でも不思議な事に看護師さんが私に電話をしてから父に「長女さんがくるから頑張って」と
声をかけてから又上がってきたようです
妹と母が到着するまでそれから20分がすぎていまし
それから一時間が過ぎて数値は安定してました
母は昼間父に逢ったからもう息を引き取ってから良いといっていたので
とりあえず妹と家に戻りました。
家にもどったのは3時前後だったような
それから私一人で付いていました。
手をさすったりしながら
看護師さんが不思議だとずっと言われていました
「こんな状態の人10年仕事していて初めて見たよこれから先もずっと
記憶に残ると思うよ」と
「貴女のことが一番だったんだね」と「凄いよねよくだよ」
それから外も明るくなってきました。
安定状態でした。
朝になってからまだ落ち着いていましたちょっとベットを離れて外の空気を吸いに
コンビにまで行って来ました。
部屋に戻ってくると急に数値が下がって来ました。
急いで看護師さんを呼びました
看護師さん走ってきて酸素をいっぱいにいれて声を掛けて
私も「お父さん兄が千葉から来るまで頑張って」と大きいな声で呼びました
何度も何度も呼んだけれど今度は上がってきません![]()
男性看護師「お兄さんは何時に来れるの?」私「10時にここに着きます」
「それまではちょっと・・・・・」何度もそれからも声を掛けても
戻ってきませんでした。
妹は仕事に出かけてしまったけれど連絡がつき何とか間に合いました。
午前8時52分静かに息を引取りました。![]()
兄はとうとつ間に合いませんでした
息を引取ってから母に電話しました。
妹はあちこちに連絡してくれました。
父はその後体からモニターを外されて綺麗にしていただきました。
父の使用していたオムツは帰りに全部主人の方において来ました。
最後静かに逝く事が出来て父も心無くできたことでしよう
あの世に行ってゆっくりして欲しいです
ようやく家に戻れて安心したことでしょう。
私もホットしました。(こんな事言ってはいけないね)
今日はもう骨になってしまいました
友引の為明日が告別式です。
不思議として涙がほとんど出てきませんこれから寂しくなるのかな
又母がどうなるのか心配です。
2008年06月25日
父が・・・
2008年03月28日
セリーグ開幕
父の酸素減ってきました熱も下がっています
でも昨日よりも弱くなった感じ
プリンは昨日は半分ほど食べただけ咽てしまったそうです
今日は食べさせてきました。
ゆっくり食べさせると咽もしないで食べることができます。
昨日より今日今日より明日と日に日に衰弱してきている耳の聞こえも
かなり悪くなってきた。
目の開いているうちは毎日顔を出してあげたい。
同病棟には父のような患者さんが大勢目が開かなくなって酸素をやっている
人がいますあのようになってしまったらもう張り合いもないわ〜
今夜いよいよプロ野球セリーグ開幕しました。
父は大のヤクルトファンでした明日からスポーツ新聞を持っていってあげようと
思います。
少しでも励まして元気にしてあげたい。![]()
2008年02月20日
又肺炎かな?
2007年12月20日
高カロリー
昨日の父の様子は今までオシッコは綺麗だったのに・・・・・
血尿になっていました。
そして点滴も高カロリーに代わってきました今の所胃瘻はしないようです
そして今日母が一人で
に初めて行きました。
父が倒れてからあちこちの
&施設に入退院繰り返していましたが
一人で母がいけるようになりました。
自分で
を運転して行ったのです
来年2月に免許更新なんですがそのためにも運転するといいはじめました
ま〜元気になって良かったです。![]()
父の話に戻ります
この状態だといつ何がおきるかわからないと・・・・
今日ドクターに言われたようです。
脳梗塞で倒れてから早いもので後一週間で一年になります。
どうなるかと思ってましたが一年が過ぎようとしています。
父の脳梗塞にはじまり母の鬱で入院の繰り返しそして主人三箇所の
通い
もうどうにかなってしまいそうだったけれど
私を心配してくださる人たちのおかげで
私は元気で過ごす事が出来ました。
今年も後10日無事に過ごせますように。
2007年10月16日
母のことで
自分の思うが侭にしないと気がすまないようで
歯医者さんのこともそうなのですが
入院中に歯の歯石と検査を同病院に隣接された歯科に通って
見ていただき退院まで遅らせたのに全く自分勝手すぎるのです。
退院前に見ていただいたら虫歯があってその治療方法を説明されて
「麻酔をして治療するといわれそして次回が2週間後の予約しかできなく
怖くなったからここはやめると」
さらに「もうこんな病院はいやだ歯医者さんも今まで通っていた所に行くから」
そして昨日その歯医者さんに
やはり虫歯があってもう根っこまで進んでいたようです。
又今日はデイのおためし利用だったのですがそれも行かなかったのです
ドクターに「認知症の人のところに行く必要はないと言われたから」といって
結局行かない
計画していた私のほうはというと主人の面会をかねていく予定にしていたのに
とりあえずデイに直接顔を出して謝りました。
デイの方ではドクターからと病棟看護師長からは退院後はデイに通うように
指示が出ていると連絡が来ているとのことでした。
全く本当に母には自分でかってに退院ものばしたり変えたり困ったもの
わがままでどうしようもないひとです
こんな人だからまず一緒には住めないでしょ
一年前の旅行を思い出してみると旅行中にバスの中で泣かされた事を思い出します。
主人の悪口と私がわがままだって事を言って自分はスッキリしていたのです。
いくら娘であっても言って良いことと悪い事ぐらいわかると思うけれど
それが母にはわからないんです。
こんな母を最後まで見てあげるのは妹でも兄でもないんだと・・・・
あ〜〜〜
2007年10月08日
帯状疱疹
今日は午前中認知症家族会でした。休日とあっていつもの家族の方達は
出席されませんでした。
でも少人数で専門の方のお話を聞く事ができて良かったです。
そして私も主人の病院の事を話すことができて2時間があっというまでした。
午後は母をつれて父の施設に・・・
母は父に会うのが2ヶ月ぶりで父はとても安心した顔つきでした
私が先週行った時には泣いてばかりで
に帰ることばかり行ってましたが
今日は泣く事もしてましたが落ち着いて話ができました。
今日も熱がありました。
二日前に施設から母に
があって「帯状疱疹になりS病院に診察に行きました」とのことで
そのことを今日看護師さんから説明していただきました。
その結果麻痺側のほうに出ているので本人は痛がらないけれど
施設側は入院を希望しても病院では入院はさせてもらえなかったのです。
帯状疱疹は体力が落ちてくるとなりやすいようなので心配です。
母も数年前になり一週間ほど入院したことがありました。
その母が今までは父の顔を見ると怒っていて暗かったのが今日は凄い笑顔でした
そして父にこんな事を「泣かないで笑顔でいなさい。私はいつも笑っているよ」と言って![]()
今までには考えられない言葉です。
いいことだと思っていますが・・・・
2007年09月28日
鬱の母
母は今日外出して家にシャワーを浴びに帰ってきました。
病院の
がどうしても気持ち悪く入れないのでそ週二回わたしは
送り迎えしています。
でもその母も一ヶ月前に比べると歩き方も別人のようによくなりました
手を振ってさっさと歩くようになりました。![]()
退院は10月の歯医者さんで歯石を採って貰ってからと言ってます
最初は直ぐにでも退院したかった人ですが病院に帰るのがよくなったようです。
あれを持っていくこれをもっていかなくちゃと言い
外泊して病院に戻る日は忙しくしています。
次は今度の日曜日外泊です。主人もその日に面会に行きます。
父だけは行かれない可愛そうだけれど仕方がないです。![]()
9月もなんだかで終わりですそしてようやく涼しくなりました。
でもとても充実な一ヶ月でした。![]()
![]()
2007年09月25日
母の鬱は
入院して一ヶ月最初はどうなるかと思っていましたが
顔つきも以前のようにふっくらして明るさがでてきました。
入院前の母に会うときは私も暗くなって辛かったです
入院して本当に良かった
この病気は早めに対処しないと大変な事になるようです
今回病院(主人がお世話になったデイの課長さん)に相談して本当によかった
そして直ぐに入院
これがもし遅れていたらどうなったことやらです。
課長さん始めK病院の院長・部長先生に感謝感謝です。
とりあえず又病院に送っていきました
病棟の看護師さんたちが笑顔で「お帰り」と迎えていただきました。
母も笑顔でありがとうと
今月中に退院できるのかな・・・・・?
2007年08月28日
母の薬
母からのы。朝もありました。
「洗濯物あるから取りに来てそれと
に行ってあれとこれをもってきて
」とのこと
「午後から行くから待ってて」という事で説得
午後から
に受付によってそこに丁度担当のドクターがいらしたので
母と三人で話をする事が出来ました。
その前に
部屋に最初行って母とひと悶着しました。
薬の事ですもう何十年もそのお薬を飲んでいて今回処方されていなかったので
その薬が家にあってそれを持ってきてくれといわれて
妹が渡してしまったのです。
それで昨日は私は直接行かないで看護師さんたちにお願いしたのです
しかし薬の事は本人は持っていないと隠してしまったのです。
今日私は洗濯物を取りに行ってその際に看護師さん立合いのもとに
なんとか説得してその薬をなんとか引き取る事ができました。
しかし母は私に対して「なんで勝手にするの私は寝れなくてこの薬がないとだめなんだから」
と言い返して怒っていました。![]()
その後ドクターと話をして説明をされて母は納得しました
しかし先週までの母のあの姿と今日の姿では全く違い笑顔で話をしていました
うつ病の相手も大変です
私は母からは悪者に見られています。
仕方ないけれどそれで母の状態がよくなればいいと思っています。
又よくならないと私が困るのです。
主人もお世話になっていたドクターなのでこれで安心して入院させられます。
本当にK課長さんはじめドクター スタッフの皆さんに感謝感謝です。![]()
2007年08月25日
母は入院
今までの通っていたメンタルでは入院はできないので入院施設のある精神病院です
こうきくとなんだかですが・・・
でも今総合病院では精神科病棟をなくしているのです。
入院しなければならない人は世の中に沢山いると思うのですが
入院した病院は主人の病院です。
診察の結果ドクターが「こんなになるまで」と言われて直ぐに入院と
病棟は以前主人がいたところです。
閉鎖病棟で急性期の患者さんが入院する病棟です。
母にとってはきっとカルチャーショックだと思います。
主人が入院している姿を見ていたのですから
仕方がないのです今までのようには母も行かないと思いますが
でも家にいて何もできなくなっていくよりずっといいと思っています。
約一ヶ月の入院の予定です。
一安心しました 本当に今回の入院に当たってデイケアーの課長さんには
感謝感謝です。
母のことを相談して直ぐにドクターに連絡していただき
私もこれでしばらくは安心できます。
母までも精神病院に入院させてしまい私はちょっと・・・・・・
自分で母のことを見てあげることが出来ないことが情けないです
主人・父・母
母が元気になってくれる事が一番なのですが・・・・・





